小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』とParadise Garage(草稿)

2023年1月5日木曜日

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はじめに

今回の記事は、私が小沢健二さんのツアー『So kakkoii 宇宙 Shows』でライブや物販の様子などを観て、ひょっとしたら小沢健二さんは自身のライブに、かつて1970年代から1980年代にかけてNYCに存在したクラブ「Paradise Garage」のような空間を思い描いているのかも知れない、と思った話です。

小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』で感じたこと


CMで『今夜はブギー・バック』のカバーがBGMとして採用された
サントリー『ほろよい』宣伝スタッフ一同からのお花。
(2022年6月3日パシフィコ横浜にて撮影)


2022年6月に行われた小沢健二さんのツアー、『So kakkoii 宇宙 Shows』。

私がツアーでおとずれたのは横浜、神戸、有明2日。
(正確には神戸は『飛ばせ湾岸』ですが...)

とにかくすごかった。ライブを体感した私たちは、確かに「大きな輝きの中」にいたし、私たち一人一人が会場の暗闇の中で輝いていました。

30人にも及ぶ大編成の、壮大で鬼気迫る、また時に私たちひとりひとりに優しく寄り添うかのように響くバンドサウンド。
バンドの演奏は、控えめに言ってもかなり狂気じみていたように思います。

COVID-19の感染拡大による2度のツアー延期。
この2年は実に遠く長く、私たちがこれまで経験したことのない、実に様々な出来事がありました。

私もこの2年で父が旅立ってしまいました。
今も何かの渦中にいる方も当然いらっしゃると思います。

このように、今回のライブではCOVID-19の流行を経験し、同じように2歳、齢(とし)をとり、そして今それぞれの会場にいるという、ライブを訪れた人たちが共通して経験したことがライブ導入部分の「朗読」として最初に語られることにより、ある種我々はパンデミックという同じ経験をした仲間、(いい過ぎでなければ)「戦友」同士であるかのような感覚を抱きました。

この瞬間、会場の思いはひとつになったように思います。

それと同時に、会場にいた皆さんは、この2年でそれぞれに起こったこと、今まさに起こっていることを思い浮かべたりしたのではないでしょうか。

この2年で様々なことがあり、今現在も様々な困難な状況に置かれた人びとがいるということを、小沢健二さんは朗読により言葉にすることでまずはしっかりと認識し、受け止めていました。

そして「齢をとること」や、「生まれて、育って、死んでいく」ということを「大きな輝き」という表現を用いて肯定していました。


僕は元々、齢(とし)をとることを明るいイメージで描く。

「愛すべき生まれて育ってくサークル」もそうだ。
動物も人間も、生まれて、育って、死んでいく。

「死ぬ」というのは若者にとって、興味深く、ロマンチックでさえある。
でも、若者という時期を過ぎると、死ぬことを話題にするのはタブーになる。

けれど、やっぱり、生まれて育って死ぬ、ということは、ものすごく大きな輝きだと思う。

この「大きな輝き」という言い方が、君には伝わると僕は知っている。
そういう人だから、あなたは僕の歌をどこかで見つけ、今ここに来ているのだ。

ー小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』ライブのオープニングの朗読より
(※言葉の表現などの詳細は異なる可能性があります)


小沢健二さんは、ライブを訪れた私たちは「大きな輝き」という言い方が伝わる人たちであり、だからこそ自分の歌をどこかで見つけ、今ここに来ているのだ、と仰ってくれました。

それは人生のどこかの場面で小沢健二さんの歌を見つけ今回ライブを観に来た私たちひとりひとりに向けて、丁寧に言葉を話し、歌を歌い、メッセージを発していたように感じました。

そうすることで、会場に来た人びとそれぞれの「今」を受け入れてくれたのでした。
例えどんな困難な状況にあったとしても、それでも私たちは今まさに大きく輝いて生きているのだ、ということを、強く肯定してくれたように思います。

それはタモリさんの言葉を借りると「生命の最大の肯定」です。

「生きる、ということは確かに大きな輝きを放っている」。
これは、今回のツアーの大きなテーマのひとつであったと思います。

輝きと言えば、今回のライブでは輝きというものが特にテーマとして強調されていたように思いました。


[魔法的電子回路の写真]


例えば、ツアーグッズに「魔法的電子回路」というものがありました。

これはクリスマスツリーに巻き付ける照明のような、ピンクとグリーンのLEDが紐に鈴生り状にたくさんついたものです。
ツアー中に使用する際は、曲の演奏が流れる中、小沢健二さんによって「Lights on 着けろ」または「Lights off 消える」という言葉が叫ばれると、観客が自ら電子回路を着けたり消したりする、という演出がなされました。

その「Lights on 着けろ/Lights off 消える」を発するタイミングが実に絶妙で。
ライブの構成や曲の雰囲気と非常にリンクしていて、その演出がとても素晴らしかった。
その声に促され、我々が「魔法的電子回路」を着けると、会場じゅうのひとりひとりの電子回路の輝きがそれぞれのタイミングで一斉に灯り、また少しずつ消えていきました。

「Lights on 着けろ/Lights off 消える」という言葉が持つ、魔法の力。
その言葉と電子回路の光、そして「大きな輝き」という言葉とがリンクする。
自らON/OFFをするというアナログな感じがまたいい。
昨今、電波か何かで演出スタッフが観客が持つ照明を自動で様々に光らせる演出が多い中、この体験は寧ろ新鮮で貴重なものなのかもしれません。
それぞれの電子回路の光がひとりひとりの観客であり、みんな大きく輝いて生きているのだなということを感じ、電子回路が消えていくなかにあっても、その闇の中にみんなと一緒にいるという感じがして、なんだかとても心地よく感じました。

勿論、ステージ上のドラマチックな照明の数々や、蓄光や蛍光色を活かした衣装などの光の演出も「大きな輝き」を想起させたのでした。


例えば、バンドメンバーの衣装には、上のツイートのように、蛍光色の生地や蛍光塗料、蓄光塗料が使われ、ブラックライトに照らされてバンドメンバーたちが文字通り輝いていました。

また、会場で販売されたグッズにも蓄光塗料や蛍光塗料が使われ、それ自身が輝きを放つようにデザインされていました。

例えば、「1993年のオザケン」の刺繍、小沢健二グッズとしてはお馴染みの「うさぎ!」のイラストや、タグのデザインとして服の裏側に印刷された「古川と高塔」などのプリントは蛍光色で印刷され、ブラックライトに照らされることで光輝く仕様になっています。

また、小沢健二さんによる手書きの歌詞や「歌詞地図」に描かれた星座、電子回路の文字などが蓄光インクでプリントされ、暗闇で光る仕組みになっています。

それらを会場で身につけると、自分が会場の光と一体となったような、「大きな輝き」の一部になったような、そんな気分になりました。

そしてライブが終わった後も、日常でそれらのグッズを身につけていると、あの最強で最高だったライブが思い起こされ、まるで「大きな輝き」を放っていたライブの欠片を身に纏っているような、とても不思議な感覚になるのです。


コロナ禍の状況で行われ、声の出せないライブであることを踏まえつつ、今の私たちひとりひとりに寄り添うかのような、優しく、かつメッセージ性の高い朗読。

そして小沢健二さんの普遍的で心を打つ歌詞。

その中で、敢えてライブ中に歌唱パートを何度も繰り返したり、大声で強調して歌ったりすることで特定の歌詞が更に強調され、強烈なメッセージとして我々に発せられました。


また、彼はライブのオープニングの朗読の中で、「マスクの下で、歌っていても、歌っていなくても、あなたの声は僕に聞こえる。」と我々に言ってくれていました。
そして、ライブ中に何度も何度も、小沢健二さんは歌いながら(我々の声が)「聞こえる聞こえる!」と言葉を発してくれました。

心の中で叫んでいた私たちは、その言葉に強く心を打たれました。

彼はその言葉を発することによって、我々がコロナ禍でライブ中に声が出せない中、それでもマスクの中で気持ちをしっかりと届けようとしていた我々の「想い」を感じ、しっかりと受け止めてくれていたのです。


ツアー最終日にゲストとして登場したスチャダラパーのANIが後日、インターネットラジオblock.fmで自身が担当する番組で言っていたように、ライブはたくさんの熱狂に包まれ、どこか宗教がかっていたように感じられました。

ストリングスを含む30人編成のバンドによる、感情の波が押し寄せてくるような壮大かつ感情的で熱のこもった演奏は、何よりも我々の心を熱くさせ、また感情が揺さぶられました。
声が出せない中、我々は何とか想いを届けようと、曲に合わせて踊り、拍手で応え、心の中で強く強く熱狂しました。

スチャダラパーANI 小沢健二・東京ガーデンシアター公演を語る | block.fm

そして、ライブの一部を切り取ったかのようなグッズや物販の展示の数々。

小沢健二さんの歌詞の世界を星座として地図に落とし込んだ「歌詞地図」は、物販会場の床面に展示されていました。
「歌詞地図」を眺めていると、まるで歌詞の世界を別の視点から捉え、空の上から俯瞰して観ているかのようでした。


また、こうした小沢健二さんの歌詞を基にしたデザインや生命の大きな輝きを象徴する物販があること、そしてライブで観聞きし「経験」したことを、ライブが終わった後もこうして日常的に身に着けられるということは、日常を生きる上で物凄く心強いことのように思えます。

ライブの最後のカウントダウンの後、小沢健二さんの「生活に帰ろう」の一言で、私たちはそれぞれの生活に帰りました。

けれども、グッズを身に付けたり、何かに直面した時に「離脱」をして「良いことからも悪いことからも一瞬離れ」てみたり、生活の中で朗読の言葉を思い出したり、ライブで演奏された曲を聴き、ライブのことを思い出したりすることで、ライブで何かを得て、それを持ち帰って、それらが生活の一部になっているような、皆さんはそんな気持ちでライブの後の日常を過ごしているのではないでしょうか。


確かに、小沢健二さんに限らず、「推しのライブを観る」ということは、それだけで生きる活力にはなるのは間違いはないのですが、小沢健二さんのライブは他のアーティストのライブとは異なり、それだけじゃない、何か物凄く大切なもの、特別なものを皆で受け取り、共有しているような気がします。

より具体的に言うならば、今生きていることのすべてを肯定し、我々ひとりひとりに寄り添ってくれているということが、困難な日常を生きる我々の支えとなってくれているような、そんな気がするのです。


そしてこのように、小沢健二さんのツアー『So kakkoii 宇宙 Shows』でライブや物販の様子などを見たり、ライブのことなどを色々思い返しているうちに、ひょっとしたら、と思うことがありました。

それは、小沢健二さんは自身のライブに、かつて1977年から1987年にかけてNYCに存在したクラブ「Paradise Garage」のような空間を思い描いているのかも知れない、ということでした。

小沢健二さんが長年思い描いていたライブへの想い

30年前、作ったばかりのdoor knock musicで語られた夢のような構想

2022年6月26日に行われた小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』千秋楽の後、佐藤雅彦さんが以下のようなツイートをされていました。


佐藤雅彦さんは「バザールでござーる」や「ポリンキー」「だんご三兄弟」「ピタゴラスイッチ」など、CMやTV番組などで、誰もが目にしたことがあるであろう数多くのユニークな作品を世に出されています。

佐藤雅彦さん「考えの整頓 ベンチの足」インタビュー 表現の礎にある「妙」|好書好日

佐藤雅彦さんは、小沢健二さんが90年代に築地で個人事務所「door knock music」を立ち上げた際に取締役を務めていらしたそうで、1994年から1995年当時に「カローラII」のCMでかかっていた曲、小沢健二『カローラIIにのって』の作詞も手掛けています(佐藤さんは「カローラII」のCMも手掛けています)。

(余談ですが、上記の記事を読んで改めて思ったのですが、佐藤雅彦さんと小沢健二さんは考え方や視点、作品の持つ魅力のようなものが凄く似ているなあと思いました。お二人の視点については小沢健二さんも確かどこかの文章で似ていると仰っていましたね。)


その30年前に作ったばかりの「door knock music」で、小沢健二さんが佐藤雅彦さんに語っていた夢のような構想が、今回のツアーで姿を現していたというのです。


これは一体どんな構想だったのでしょうか。


あくまで想像の域を出ませんが、今回ツアーに何度も参加し、友人とライブの感想を話したりしていく中で、もしかしたらこういうことをやりたかったのではないか、と思ったことがありました。


それは「Paradise Garage」のような空間を作りたかったのではないか、ということです。

Paradise Garageとは?


Paradise Garageは、1977年から1987年にかけてアメリカのNYCに実在したクラブです。

パラダイス・ガレージ (Paradise Garage) は、かつてアメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタン区ハドソン・スクエア地区のKing Streetにて存在したディスコ。1977年にオープンし、1987年8月22日のClosing Partyを以ってクローズした。

客層は主にゲイの黒人であり、伝説的なDJ、ラリー・レヴァンがプレイしていた。ラリーは幅広い音楽の知識を元にディスコ、ロック、ヒップホップ、ラテン音楽、ソウル、ファンク、テクノ・ポップなどありとあらゆる音楽を掛けて一晩中客を踊らせていたが、その有様はそこに集う客の熱狂を伴ってほとんど宗教儀式のようであったと言われている。また、ラリーは独学ながら優れた音響の専門家でもあり、エンジニアのリチャード・ロングと共にパラダイス・ガラージに自らの手で構築したサウンドシステムは大音響でありながら非常にクリアな音で、ダンスフロアの中央にいても容易に客の間で会話ができたとも伝えられている。

多くのニューヨークのDJがパラダイスガレージとラリーのDJスタイルに衝撃を受けてDJの道へと進み、現在に至るも史上最高のクラブの一つとして語り継がれている。ラリーがパラダイスガレージで掛けていたような音楽やその進化した形の音楽はガラージと呼ばれるが、これはハウス音楽や、テクノ音楽に大きな影響を与えた。また、そのサウンドシステムもその音質の高さから未だに伝説として語られている。

パラダイス・ガレージという名前は、このディスコがあった建物がかつて駐車場(ガレージ)であったことに由来している。その様子についてはクラブが失われた今となっては想像や伝聞に頼るしかないが、ラリーのDJプレイを録音したものがCD化されており、かつての熱気をうかがうことができる。 ちなみに、主な客層であった黒人訛りでは「パラダイス・ガラージ」と発音することから、一般的に音楽のジャンルとして「ガラージ若しくはガラージュ」と称されることが多い。

(Wikipedia 「パラダイス・ガレージ」より)

『So kakkoii 宇宙 Shows』の物販会場では、このParadise GarageのレジデントDJだったLarry Levanが生み出した曲たちがエンドレスで鳴り響いていました。


そして今回のライブの構成の中でも核となる曲のひとつだった、小沢健二さんの楽曲『強い気持ち・強い愛』。

これはParadise GarageでLarry Levanが確立したガラージというジャンル(小沢健二さんの言葉を借りれば「ディスコ/ガラージ調」)の曲でした。


『So kakkoii 宇宙 Shows』は、選曲、モノローグ、ストリングスやパワーホーンズを加えた30人編成の豪華過ぎる演奏、繰り返しや語句を強めることなどによる歌詞のフレーズの強調など、参加者に寄り添った、非常にメッセージ性の高い、ある種「宗教のような」パフォーマンスでした。

そして物販の展示をみることで、ライブの選曲やグッズに込められた思いを知ることができました。

それらのことを考えると、今回のライブで小沢健二さんはParadise Garageのような空間を作り出したかったのではないか、と思えてなりません。

Larry Levanについて

Larry Levanは1954年にニューヨーク州ブルックリンで生まれました。

彼には先天性の心疾患があり、幼い頃から喘息に苦しんでいたそうです。

ブルース、ジャズ、ゴスペルなどの音楽が好きだった母親の影響で、3歳からレコードプレーヤーで音楽を聞いて育ちました。

高校生の頃、元々デザイナー志望だった彼は高校を中退し、ファッション工科大学(FIT)の学生と交流するようになりました。

その中の親友のひとりが、後にシカゴでハウスミュージックを創始することになるFrankie Knucklesだったそうです。
2人はすぐに意気投合し、NYのクラブで遊ぶようになります。
その時に出会った人々とのつながりが彼の人生を決定づけることになったようです。
彼はその時のつながりでクラブで仕事をするようになり、仕事をする中でDJ技術を学んだそうです。

1973年、18歳の時にクラブ付きの同性愛者向け複合施設 The Continental BathsでDJデビューをし、やがてこのクラブでレジデントDJをするまでになりました。

その後、Larry Levanのために作られたクラブがParadise Garageです。

Paradise Garageがオープンした1977年のアメリカはディスコ・ブームのピークで、特にニューヨークのディスコ・シーンは、アンディー・ウォーホルやカルバン・クラインなど、ニューヨーク中の著名人たちが毎晩のように集ったことでも知られたナイトクラブ「STUDIO54」や映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の世界的ヒットにより、華やかな白人文化の象徴として世界に紹介されており、ビー・ジーズやアバなど白人アーティストに注目が集まっていました。

一方、Paradise Garageの客層は黒人やヒスパニック、LGBTQなどマイノリティ層がメインであり、そこで若干23才のLarry Levanは、R&Bやサルサをベースにしたソウルフルな熱いサウンドでフロアを盛り上げていました。

Paradise Garageでは、土曜日の夜はゲイ向けのイベントが、金曜日の夜はストレート向けのイベントが行われ、キース・へリングやグレイス・ジョーンズ、カルバン・クラインなどの有名人が常連だったそうです(キース・へリングはParadise Garageの壁面にアートを描いていました)。

Paradise Garageはダンスの聖地であるとともに、当時まだまだ白人優位社会であったアメリカにおけるマイノリティの人びとにとっては、非日常を体感し、自分自身を取り戻し、生きていることの喜びを感じ、強いメッセージを受け取り、日常への活力を得る、そんな場であったようです。

Paradise Garage(パラダイス・ガレージ)ダンスの聖地 - ハウスミュージックの歴史③ - ハウスミュージックラバーズ

またLarry Levanは現代のダンスミュージックに特徴的な様々なスタイルを確立しました。

1970年代には、ただヒット曲を流すのではなく、DJが自らの個性を発揮した選曲で独特の世界を作り上げて客を踊らせるスタイル、2枚のレコードをミックスして継ぎ目なくレコードを演奏するスタイル、既にある曲をリミックスしてダンス向きにする手法、クラブで掛けるためだけに製造される12インチのシングル盤といった形式などが、ラリー・レヴァンやエンジニアのウォルター・ギボンズらによって確立された。やがてラリー・レヴァンやフランソワ・ケヴォーキアンなどの有名ディスコDJたちはレコードを発掘するにとどまらず、自ら音楽プロデューサーとしてダンスに特化したレコードを多数リリースしたり、リミックスを手がけるようになる。ダンスフロアとダンサーの心理やツボを知り尽くした彼らは、それまでの音楽プロデューサーが思いもよらなかったような様々なテクニックやスタイルを導入した。こうしたダンス・レコードをリリースしてディスコ文化を支えたレコードレーベルとしては、サルソウル・オーケストラ、ファースト・チョイスなどが在籍した「サルソウル・レコード」、ドナ・サマーらが在籍した「カサブランカ・レコード」などが挙げられる。

ーWikipedia「ディスコ」より


Larry LevanはParadise Garageのオープン後にプロデュース業も行うようになり、現場で培われたフロアを盛り上げるテクニックやスタイルを活かし、数多くのヒット曲を世に出すことになります。

そうして彼の生み出す音楽はParadise Garageの枠を超えて、次第にレコードを買う人々をも魅了していったのです。


なお、Larry LevanがParadise Garageでプレイしたほぼ全てのレコードのリストがSpotifyで共有されています。それが以下のリストです。

日本のSpotifyでは918曲しか再生出来ませんが、1060曲がそれに該当するそうです。

 
 詳細はこちらの記事を参照にして下さい。 

Larry Levanのほぼ全てのプレイリストが公開 - ハウスミュージックラバーズ


非日常を体感し、生きていることの喜びを感じ、強いメッセージを受け取り、日常への活力を得る場...ミュージシャンのライブとはそういう部分は勿論あるのですが、Larry LevanとParadise Garageにはなんだか小沢健二さんのライブで度々強調されるようなことが含まれている気がして、なんだかドキッとします。

『So kakkoii 宇宙 Shows』の物販会場でかかっていたBGMについて

私が、小沢健二さんが特に今回のライブにおいてParadise Garageを意識しているのでは?と思ったのは、『So kakkoii 宇宙 Shows』の物販会場において、とあるBGMがかけられていたことがきっかけでした。

例えば、ツアー初日のパシフィコ横浜の物販会場では、物販のレジの片隅に置かれたION社製のスピーカー「Block Rocker」に直接iPhoneを繋ぎ、大音量でビート強めの非常にダンサブルな曲がかけられていました。

[会場のIONのスピーカーの写真か動画]

会場では、私が把握している限りですが、以下の曲が流れていました。

  • Merc & Monk "Carried Away (Larry Levan Remix)"
  • Gwen Guthrie ”Seventh Heaven”
  • Dee Dee Bridgewater ”Bad For Me (12" Long Version)”
  • Man Friday "Love Honey, Love Heartache"
  • Gwen Guthrie "Padlock (Long Version)"
  • Peech Boys "Life Is Something Special (Special Edition)”
  • Syreeta "Can't Shake Your Love (Larry Levan Mix)"
  • Tramaine "The Rock (Garage Vocal Version)"
  • Man Friday "Groove (Larry's Yaw)"
この曲目を見る限り、恐らくユニバーサルミュージックから出ているLarry Levan ”Genius Of Time” (2016) のDisc1がかかっていたものと思われます。

このアルバムのDisc1から9曲が会場でかかっていたことが確認出来ました。

(以下のトラックリストの中で会場で確認できた曲に○を付けました。)

横浜、神戸、東京2daysと公演を聴きに行ったので実際に会場で流れているBGMを確認しましたが、恐らく同じ曲がかかっていたのではないかと思われます。

Larry Levan - Genius Of Time (2016)

[Track List] ・Disc.1 01. NYC Peech Boys - Life Is Something Special (Special Edition) ○ 02. Syreeta - Can't Shake Your Love (Larry Levan Mix) ○ 03. Gwen Guthrie - Padlock (Larry Levan Mix) ○ 04. Man Friday - Love Honey, Love Heartache (A Larry Levan Mix) ○ 05. Merc & Monk - Carried Away (Larry Levan Remix) ○ 06. Dee Dee Bridgewater - Bad For Me (Larry Levan Mix) ○ 07. Bert Reid - Groovin' With You (Vocal, Levan Edit) 08. Tramaine - The Rock (Garage Vocal Version) ○ 09. Man Friday - Groove (Larry's Yaw) ○ 10. Jimmy Ross - First True Love Affair (Larry Levan Remix) 11. Gwen Guthrie - Seventh Heaven (Levan Mix) ○ ・Disc.2 01. David Joseph - You Can't Hide Your Love (Larry Levan Mix) 02. Grace Jones - Feel Up (Larry Levan Mix) 03. Gwen Guthrie - It Should Have Been You (Larry Levan Mix) 04. Loose Joints - Tell Me (Today) (Larry Levan Mix) 05. Esther Williams - I'll Be Your Pleasure (Larry Levan Mix) 06. Man Friday - Real Love (The Paradise Garage Mix) 07. Central Line - Walking Into Sunshine (Special Mix) 08. Jeffrey Osborne - Plane Love (Specially Remixed Version – Larry Levan Remix) 09. Gwen Guthrie - Peanut Butter (Long Vocal) Larry Levan Remix) 10. Smokey Robinson - And I Don't Love You (Instrumental Dub)
11. Peech Boys - Don't Make Me Wait (Extended Version)
 



このアルバムはどうやら、Larry Levanがリミックスした曲や彼のバンドの曲がコンパイルされたもののようです。このアルバム自体は2016年発売なのですが、Larry Levanは1992年に亡くなっていることから、彼の死後にまとめられたアルバムのようです。また、彼の曲のすべてが収録されているわけではなく、ユニバーサルミュージック関連のレーベルの曲をコンパイルしたアルバムのようです。

会場で流すBGMとしてこのアルバムを選択したのは、もしかしたらひとつには権利上の問題もあったのかも知れません(小沢健二さんはユニバーサルミュージック・ジャパン内のVirgin Music所属)。ただ、例えそうであったとしても、彼の音楽について知るには良いアルバムだと思いますし、実際会場に行き雰囲気を体感した者の感想として、物販会場のクラブを彷彿とさせるブラックライトの照明の演出も含めて、物販を購入する際の気分が高揚したのは間違いないですし、ライブが始まる直前の気分をあげるのには凄く良かったと思いました(それとは別に、お目当てのグッズが売り切れないか気が気ではなかったというのも勿論あったのですが)。


では、小沢健二さんはなぜ物販会場でLarry Levanの曲をかけていたのでしょうか。

それは、ライブでも歌われた小沢健二さんの楽曲『強い気持ち・強い愛』と筒美京平さんとのエピソードに隠されているような気がしています。

強い気持ち・強い愛とガラージ

1995年に発売された『強い気持ち・強い愛』。

この曲は1995年の楽曲でありながら現在に至るまで根強い人気を持つ楽曲のひとつです。

それがアルバム『So kakkoii 宇宙』発売が告知された2019年春に新たな編曲がなされて『強い気持ち・強い愛 1995 DAT Mix』として発売され、多くのリスナーに届くこととなりました。


小沢健二 AMA 新作アルバムと失われた強気強愛の謎 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー 

   

そして『強い気持ち・強い愛 1995 DAT Mix』は今回のライブでも演奏されました。

今回のライブにおいて『強い気持ち・強い愛』は間違いなく中心に位置する楽曲であり、ライブの中でも最も熱量が込められ、最も会場が盛り上がったシーンでもありました。

この力強いエネルギーを持った曲はどのように作られたのでしょうか。

『強い気持ち・強い愛』の制作の背景

2020年11月、小沢健二さんは2020年に逝去された筒美京平さんへの追悼として、彼との思い出や共作をした『強い気持ち・強い愛』『それはちょっと』についてのエッセイをSNS上に寄稿しました。

そのエッセイの中には、筒美さんとの交流の中で、ガラージ/ディスコ調のドラムの曲をやりたいと、ロレッタ・ハロウェイ、グレイス・ジョーンズなどのレコードを筒美京平さんと聴いていたとあります。

この「ガラージ/ディスコ調のドラムの曲」は『強い気持ち・強い愛』を指しています。

『強気強愛』は元ネタが幾つか存在することが既に知られていますが、その中にロレッタ・ハロウェイの楽曲も含まれています。

強気強愛の元ネタとして知られた楽曲                         

  • LOLEATTA HOLLOWAY / DREAMIN' (1976)
  • MFSB /SEXY (1975)
  • GARY TOM'S EMPIRE / 7-6-5-4-3-2-1 (1975)

など

それらはいずれも1975年から1976年の楽曲で、いわゆるガラージ/ディスコ調の楽曲です。

「ガラージ」(またはガラージュ)というジャンルの楽曲は定義が非常に曖昧ではあるのですが、Larry LevanがDJでかけていた、或いは彼がかけそうな彼の好みの楽曲であると言われています。ガラージというのは「パラダイス・ガラージ」のガラージですが、Paradise Garage が倉庫(Garage)跡に作られたこと、そしてそこでLarry Levanによってかけられた曲たちのことを指すそうです。

Larry LevanがDJでかけていた楽曲はストリングスを多用したダンサブルかつソウルフルな楽曲で、「サルソウル」や「フィラデルフィア・ソウル(フィリー・ソウル)」といったジャンルの曲が含まれています。ただ、彼がParadise Garageでかけていた曲は非常にジャンルレスでもあったそうで、そこが曖昧な定義であることの所以となっているようです。


LOLEATTA HOLLOWAY "DREAMIN' " は1976年に米国でヒットした曲で、アルバム『Loleatta』(1977) に収録されています。
ラテンパーカッションが印象的なゴージャスなフィリーソウル風のディスコ・サウンドを背景にLoleattaの力強くエモーショナルなボーカルが楽曲全体を包み込みます

MFSB "SEXY" は1975年に米国でヒットしたインストルメンタルの曲で、アルバム『Universal Love』(1975)に収録されています。MFSB(Mother Father Sister Brother)はストリングスやブラスバンドに特徴づけられる、1970年代前半に一世を風靡したフィラデルフィア発のソウルミュージックの一形態、フィラデルフィア・ソウル/フィリー・ソウル(Philadelphia soul / Philly soul)の代表的なインストゥルメンタルバンドである。ストリングスを擁した華麗で柔らかく甘めのサウンドが特徴で、それまでのソウル、R&Bをより洗練された都会的雰囲気のサウンドに変貌させた。(Wikiより)John A. Jacksonの著書『A House on Fire: The Rise and Fall of Philadelphia Soul』によると、MFSBの名前の「クリーン」バージョンは「Mother, Father, Sister, Brother」という意味で、Kenny GambleとLeon Huffによると、Philadelphia International Recordsでは多様性はあっても全員が音楽的につながっていたためである(要出典)。これは彼らの当時の精神観と一致している。もう一つのバージョンは「mother-fuckin' son-of-a-bitch」で、これはミュージシャンの間でその人の音楽の腕前を褒めるために使われていた表現である。(Wiki "MFSB"(英語版)より)

GARY TOMS EMPIRE "7-6-5-4-3-2-1 (Blow Your Whistle)" は1975年に発売されたキーボード奏者GARY TOM率いるニューヨークのバンドのファーストシングルです。
Stevie Wonder Superstition (邦題『迷信』) にみられるようなクラビネットの跳ねるような音が特徴的で、聴いていると思わず踊りだしたくなります。この曲は Roger Cook が作曲した Blue Mink ”Get Up” (1974) という曲を Gary Toms Empire が新たに録音をし直し、タイトルを "7-6-5-4-3-2-1 (Blow Your Whistle)" に改めて発売しました。タイトルにもある決めのところのカウントダウンが格好良いディスコ調の曲です。


『強い気持ち・強い愛』が出る前に世に出た名盤『LIFE』(1994) の曲たちは60年代から80年代までのブラックミュージックが基になっています。

それはLIFEのロゴ自体がSly & the Family Stone の3rdアルバム "Life" (1968) のジャケットで使用されたロゴの引用であることからも伺えます。


『天気読み』と『強い気持ち・強い愛』

ディスコ調と言えば、2010年の『ひふみよ』ツアーでは(ライブ盤『我ら、時』を参照)『天気読み』にディスコ調のアレンジがなされていますが、そのギターリフが本ツアーの『天気読み』の演奏でも踏襲され、更にストリングスを加えた豪華なアレンジが加えられていました。

『天気読み』がディスコ調であるのは、ガラージを意識したとも考えられます。

今回のツアー『So kakkoii 宇宙 Shows』では『天気読み』も演奏されましたが、『強い気持ち・強い愛』に挟まれて演奏されていました。

このことから、2つの曲の繋がり、関連性が見て取れるのではないでしょうか。


※天気読みの元ネタとされる曲

Stevie Wonder "Tuesday Heartbreak"

Stevie Wonder "Don't You Worry 'Bout a Thing"
(※Stevie Wonder の同名曲のカバーをIncognitoがやっており、そちらを指摘する声も)

※そう言えば、IncognitoのBlueyさんによるApple Musicのポッドキャスト”Groove Velocity Radio with Bluey”のEpisode 107で、小沢健二さんの曲が選ばれていましたね。2023年1月20日のインスタストーリーで小沢健二さんご本人が言及されていました。

小沢健二の天気読みの「星座から遠く離れていって景色が変わらなくなるなら」の一節が、イームズのPower Of Tenに触発されたもの

https://twitter.com/siphon_g/status/1196064630147170304?s=20&t=pmROBX1x4dlVOcvK9cvNag


そして何よりも、ストリングスを多用したダンサブルかつソウルフルな楽曲というのは、小沢健二さんの楽曲、特にアルバム『LIFE』の楽曲たちに特徴的ですよね。

そして今回の『So kakkoii 宇宙』においてもそれは受け継がれています。

この元ネタの中には『So kakkoii 宇宙 Shows』の物販でもかけられていたロレッタ・ハロウェイの曲もありますね

『強い気持ち・強い愛』はNYに存在したパラダイス・ガラージでラリー・レヴァンがかけていたガラージ/ディスコ調の曲の影響が濃厚に出た作品と言えます。

※「ワウ」:「チャカチャン」「チャカポコ」と一定のリズムで鳴るクチャクチャしたエレキギターの音。ワウペダルを使用してカッティングにフェクトをかけている。ソウルフルなギターとも表現される。ワウペダルとはペダルを踏みこむことで周波数を変化させ、モコモコした音からキャンキャンした音までをスムーズに変化させることができるエフェクター。ワウギターが特徴的なストリングスの楽曲としては、Barry White によって結成された40ピースの弦楽器オーケストラ Love Unlimited Orchestra による曲 "Love‘s Theme"(愛のテーマ)(1973) がよく知られている。


Nuyorican Soul - Runaway

ツアーを待つ、アドベントカレンダー

ツアー直前に販売された『ツアーを待つ、アドベントカレンダー』でも自身の曲だけでなく、マイノリティのシンガーをピックアップしたり、その多様性から生まれる強いエネルギーをライブに取り込もうとしているようでした。

『The Harmony Tour』と銘打たれ、1992年に来日した際にクラブ芝浦GOLDでプレイしたときの模様が収録された貴重なミックス音源がこちらです。

https://floormag.net/larry-levan_legendary_mix/

Larry Levan Live @ Gold, Tokyo (September 1992) [The Harmony Tour]

https://www.youtube.com/watch?v=K52ddJv-keU

1977年~1987年まで営業していたニューヨークの超人気ゲイクラブ「Paradise Garage(パラダイス・ガラージ)」のメインDJとして斬新なクラブサウンドを量産し、ニューヨークのクラブシーンを10年以上リードした。「パラダイス・ガレージ」は、ラリーをイメージして作られたクラブであり、特定のDJのために作られた稀有なクラブだった。ラリーはここを音楽の神殿として扱い、音楽、音響設備以外にも、ありとあらゆるディテールに心を注ぎ、癒しの空間を提供し熱狂的なファンを魅了し、「ガラージュ」(又はガレージ・ミュージック)と呼ばれる一つの音楽ジャンルを生み出した。

(Wikipedia「ラリー・レヴァン」より)

『強い気持ち・強い愛』は彼の生み出したジャンル「ガラージ/ディスコ調」を強く意識した曲

Larry Levanはその中心的なDJでした。

Paradise Garageには、身体的特徴、年齢、性別などに囚われない様々な人びとが彼の音を求めてきました。

Paradise Garageのあった建物は今は無くなっているようです。


ょっとしたら小沢健二さんは、自身のライブにParadise Garageのような空間を思い描いているのかも知れません。

千秋楽では、『今夜はブギー・バック/あの大きな心』の後に、「有明最終日、1992年へ!」と言った後、スチャダラパーの3人が登場し、『今夜はブギー・バック(smooth rap)』が披露されました。


1992年といえば、小沢健二さんがフリッパーズギターを辞めて、スチャダラパーと遊んだりしていた頃のことです。

自分のソロ作品にはその時の色んなものを詰め込みたい、と思ったのかもしれません。


'92年というのがボクの創作の原点なんですね。その1年間、ボクがこれまでいろいろ勉強したり考えていたことが、全部凄い勢いで浄化されていったんです。

(『月刊Views19958月号より)


1992年の小沢健二さんについては、こちらの方のnoteが非常によくまとまっています。

1992年の小沢健二(草稿)|bxjp|note


1992年の小沢健二さんのクラブの雰囲気の感じと、アメリカのクラブの感じと。

今夜はブギー・バック/あの大きな心は2001年『Eclectic』当時のNYCでの生活で鳴っていた音やアメリカのクラブの感じを表現したのかも知れません。


小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』とParadise Garage


「離脱」                                      


当時のアメリカは今よりも白人社会、男性社会で、社会的マイノリティの人たちが声を揚げ、公民権運動や女性の権利、同性愛者の権利を取り戻す運動が盛んだったころ。
そんななか、Paradise Garageはマイノリティとして日常の社会に抑圧された人びとが自身を開放する場として存在していたそうです。

ラリー・レヴァンというひとりのDJのプレイを求めて、ゲイの黒人やヒスパニック系といったマイノリティの人たちが来ていました。

「離脱」は「非日常」「日常の裂け目」「レンブラント光線」「ニューヨークの大停電」に通じる話。

「離脱」。良いことからも、悪いことからも、一瞬、逃れられたらいい。

ー小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』朗読「離脱」より

ライブそのものが非日常であり、「離脱」そのものですよね。
そのライブで「離脱」を行うこと自体が「良いことから」一瞬逃れられる、ということになっていて、面白いな、と思います。
「良いことからも、悪いことからも」というのがミソな気がします。
良いことがあった時にせよ、悪いことがあった時にせよ、冷静さを失ってしまうことの危険さ、冷静な判断が出来なくなってしまっていることの危うさってあると思います。

「離脱」とは、ある種冷静さを失ってしまっている自分を一瞬その次元から別の次元へと解放し、現状を一旦冷静に考えるための一つの手段のような気がしています。

自分の体験したライブやそのライブの一部を、現実の良いことや悪いことが起こった時に思い出して、それが日常の中で良い方向に影響を与える、そういうものの一つとして、「離脱」があるのだと思います。

小沢健二のライブは「ユートピア」なのか?                                   


2018年5月3日の『春の空気に虹をかけ』ツアー千秋楽の終演直前、小沢健二さんはMCで次のようなことを仰っていました。

「2016年に『魔法的』というツアーをZeppとかでやったんですけど、すぐに完売しちゃって、『良い意味でユートピアみたい』と言われたんだけど、『もうユートピアじゃないほうがいい、もっとめちゃくちゃなほうがいい』と思って(今回『春の空気に虹をかけ』を演った)」
「でもこれでもまだユートピアって言われるんですよ」

(2018年5月3日、小沢健二『春の空気に虹をかけ』千秋楽の小沢健二さんのMC)
※うろ覚えなので細かい部分は違っているかもしれません。

小沢健二さんのライブを見た方たちは、彼のライブを「ユートピア」という言葉で絶賛し、評価します。
しかし私はこのことに何かもやもやしたものを感じずにはいられませんでした。
そしてこれ以来「ユートピア」というものを凄く考えていました。

「ユートピア」って「桃源郷」「理想郷」といったものを指す言葉で、みんなそういう意味で使っているんだと思うのですが、小沢健二さんは自身のライブを「ユートピア」と言われて、それを素直に受け入れているのだろうか、みんなは本当に現状に満足しているのだろうか、と。
少なくとも私は、上で書いた『春の空気に虹をかけ』千秋楽の最後のMCを聴いて、そうは思わなかったのです。

小沢健二さんは自身のライブで、同じ場所を共有する中で色んな人がいるということをみんなが認識し、一人のアーティストのライブの音や空間、メッセージを共有することで、ライブを体感した後にそれぞれの人びとの何かが変わっていってほしい、そういう空間を作り出そうとしていたのではないでしょうか。

それは1970年代から1980年代にかけて存在した、当時社会的に差別や偏見を受けることがまだまだ多かった、当時のアメリカ社会の中でマイノリティであった人たちを熱狂させたParadise Garageのようなものだったんじゃないか、と思うのです。

Paradise Garageを求めた人びとがそうだったように、日々の生活に閉塞感を感じている、「生きづらさを感じている」または「困難な状況に置かれている」人びとがこのライブをおとずれ、そして「離脱」を日常に取り入れたりすることによって「生きることを諦めてしまわぬように」、生活に帰って日常をしっかりと生き、それぞれの宇宙を薫らせることができるように、との願いが、彼のライブ、特に今回の『So kakkoii 宇宙 Shows』には込められているのではないでしょうか。

ライブの空間は非日常であり、この時だけの素晴らしいものではあるけれど、その体験や記憶はいつまでも残り続ける。

「骨の中に 時は降りつもる 地層のように 思い出も 思い出せないことも」
「骨は形作り保つ 混沌に対抗する」
(小沢健二『エル・フエゴ(ザ・炎)』より)。


「生活に帰ろう」。それはライブが終わった後、しっかりと生活へと戻ること。

でもそこで体験したことや記憶は骨の中に刻まれている。
日常へ帰ったとしても、このツアーを体験したことでみんなの日常の何かが変わっていく。
「生活に帰ろう」というのはそのための魔法の言葉なのではないでしょうか。

それぞれ毎日の生活の中で幸せや生きる喜びを感じる一方で、孤独や疎外感を感じていたり、辛いことやしんどいことがあったり、自分だけではどうにもならない状況に置かれていたりすることがあったり、生きていく中で色々あるけれど、でも少なくともこのライブ会場にいる人びとは、同じように年を取って、生という確かで大きな輝きを放って生まれ、今生きていて、そして死んでいくということを、小沢さんは会場にいる全員に語りかけてくれました。
例え今の生活が楽しくても、辛くても、どうしようもなくても、今こうして生きているという、今の自分たちの全てを肯定してくれました。

そして「離脱」。良いことからも、悪いことからも逃げることができたらいい、と。

また、グッズのデザインをやることは「怖かった」と。
でもやりたいことがあったらやった方がいい、ということも言っていました。
自身の経験を通じて、新しいことへ、からかわれ、いじめられながら、進んでいくことについて語りかけていました。

かつて『運命UFO』の発売後のツイートのエッセイで小沢さんは、「『犬キャラ』の良いところは「怖れてるんだけど、怖れてない」「新しいことへ、からかわれ、いじめられながら、進んでいくのが『犬キャラ』の曲・音・歌詞」だと述べていました。

「それを愛する人たちは、当然、新しいことへ、見たことのないことへ、違和感のあることへ、そしてあれだ、権力の計算の及ばないところへ、飛んでいく。ファックユーオール、的な。」



だから、ライブについて、そしてらいぶがおわも思うんです。
よく小沢さんのライブにつていユートピアだった、っていう方がいるのですが、ご本人はもっとこう、違うんじゃないのかなあ、ここで完璧、って思うのは、と思っているんじゃないかと思うのです。そしてライブが終わって帰る生活についても。


『春空虹』以降、親子連れでの参加を促したり、若者のためにU-25席を用意したり、『Sk宇Shows』のグッズの回転するうさTでうさぎを回転させ、「愛すべき生まれ育ってくサークル」と書いたり、ライブに来た人たちに「自分を見つけてくれてありがとう」とか、お子さんに向けて「パパママは凄いんだ」と言ってくれたり。

まだまだユートピアじゃない、現状これでいいなんてことはない、そう思うからこそ、いろんなことを仕掛けてくれることで、色んな可能性を見せてくれているんじゃないのかな、と思うのです。

「Pluriverse」という単語について



今回のツアータイトルにもなっているアルバム題の英訳は『So Kakkoii Pluriverse』。

この小沢健二さんの Pluriverse の考え方に影響を与えたのではないかと思われる英語の文献を見つけましたので、以下に書誌情報を載せておきます(電子書籍もあります)。

Arturo Escobar (2017) Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds. Duke university press, Durham and London.

Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds (New Ecologies for the Twenty-First Century) (English Edition)

英語の文献、しかも学術書なので読むのはなかなか大変ですが、日本語でこの本の著者Arturo Escobar氏の考えるPluriverseの概念について話している座談会の記録のサイトを見つけたので、そちらのリンクを貼っておきます。

ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編 | CULTIBASE

この座談会ではPluriverseの概念について説明が以下のようになされています。

森田「Pluriverseについてはこれまで様々な論争があったんですが、重要なポイントは、世界は独立して在るわけではないということです。繋がっているんだけど、ズレていたり、繋がっているからと言って簡単に包摂や理解できるわけではないという在り方です。そのような状態で異なる方向に発展することが持続可能性のためにも、先進国と開発途上国の構造的な不平等を正していくためにも必要だ、というのがエスコバルの主張です」

上平「なるほど。白か黒かに単純化するのではなく、複雑さのなかで捉えなければならないということですね」
中野「森田さんがおっしゃった空間的な捉え方に加えて、時間軸の捉え方もあると考えています。
これはフランスの哲学者セルジュ・ラトゥーシュの解釈ですが、Universeという語の中にあるverseとはラテン語のversumに由来しており、『ある方向に進む』という意味です。Universeとは単一の方向に進むという意味で、開発論においてはまさに近代化論にあたります。
対してPluriverseとは、複数の方向に世界の運命(未来)が開かれるという意味となり、ラトゥーシュもそうした意味を込めて用いています。こうした時間軸の視点も加えて考えると、Pluriverseの持つ意味とパースペクティブが豊かになるんじゃないでしょうか」

(ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編より)


この "Pluriverse" の接頭語 ”Pluri-” は "Plural"(複数の)という意味ですが、接尾語 "verse" とはラテン語の "versum" に由来しているそうで、「回転して一つになったもの」「ある方向に進む」という意味だそうです。

"universe" の語源となったのはラテン語の "universitas"(ウニベルシタス)で、「全体、宇宙、世界、組合」といった意味を持ち、ラテン語の ”uni”+"versus" 、「一つに」+「向きを変えた」という意味の単語を組み合わせたものだそう。
更に "versus" は "vertere" の過去分詞で、転じて「一つになった」または「一つの目的をもった共同体」となり、「全体・宇宙・世界・組合」という意味になったそう。

つまり、

"Universe" は「単一の方向(未来)に進む」という意味

対して "Pluriverse" は「複数の方向に世界の運命(未来)が開かれる」という意味


「一つの見方ではダメな今の時代」、一つの方向に進むイメージを含む "Universe" は確かに違うような気がしますね。
それならば "Pluriverse"、つまり複数の見方を基に未来を切り開いていく方が、多様な意見を取り入れみんなでともに進んでいく素敵な未来になる。
皆が同じ方向や未来を目指すのではなく、『薫る』の歌詞にもあるように、それぞれがそれぞれの宇宙を薫らせる、という意味もあるのかも知れませんね。

同じ時代、同じ瞬間にそれぞれの薫る宇宙が、人が存在する限り無数にある世界。
そしてそれぞれの宇宙を薫らせることのできる世界。
それが『So kakkoii 宇宙』なのかも知れません。


ただ、今の日本においては、一つの見方によって単一の未来が提示されてしまうと、例えそれがおかしいと感じてしまうことであったとしても、その通りにことが進んでいってしまうことが多いように思えます。

例えば、今盛んに日本中で行われている再開発にしても、大手開発業者が計画した再開発計画に対して、そこに住む人たちは当然たくさんいるので、人によっていろんな立場や意見があるはずです。
事業者側が説明会をしたり、反対をする人びとがいたりして、様々な立場や意見を持つ人びととのあいだで色んな話し合いがなされていくのに、最終的には当初の案とほぼ変わらない計画でことが進んでいくことがあります。

例えば、アルペジオ界隈、東京都港区三田一丁目の三田小山町西地区で計画されている再開発においても、計画地にはたくさんの人たちが住んでいるので、そこに住む人たちは当然色んな考えの方がいて「小山町3・5地区 再開発を心配する会」など、会を立ち上げ計画に反対もしくは不安に考える人びとがいましたが、結局当初の計画が変更されることはなく、2022年度中には事業計画が着手されようとしています。

小沢健二さんは自身の著書『うさぎ!』で様々な問題を取り上げながら、誰か(灰色)がいつの間にか作り出した仕組みを基に、人びとが一つの未来へと向かっていってしまうことに警鐘を鳴らしているように感じます。

そしてその『うさぎ!』が『So kakkoii 宇宙 Shows』の物販として再販がなされたことも『うさぎ!』で語られたことが『So kakkoii 宇宙』というテーマにおいて重要であるということを示しているのだと思います。

「仕方がないよ、そういう仕組みなんだから」
(小沢健二『うさぎ!』より)

誰かによっていつの間にか決められた単一の未来に向かっていくのではなく、複数の方向に未来が開かれる。
『So kakkoii 宇宙』というタイトルは、そんな未来を目指して付けられたのかもしれません。


「誰もいない先へ、行きたいです。」

アルバム『So kakkoii 宇宙』が発売された翌月、そう呟いていた小沢健二さん。


我々一人一人が大きな輝きを放ち生きていること。社会・政治性を意識すること。愛すべき生まれ育ってくサークル。僕らは歩くよ、どこまでもゆくよ。汚れた川は再生の海へと届く。失敗がいっぱい。でも、涙に滅ぼされちゃいけない。誰かを直し、誰かによって直されること。孤高の存在として、それぞれ形のないものを生み出し、それぞれの宇宙を薫らせること。それらのたくさんの大きな輝きが、土砂降りの雨のようなたくさんの苦労が、未来の虹を作っていくのだということ。

ここに書いたのは一部ですが、本当に数え切れないメッセージが込められています。
それらを言葉と音で鳴らしたのが『So kakkoii 宇宙』のアルバムであり、それらを舞台として『So kakkoii 宇宙 Shows』を演ったのではないか、そんな気がします。



脚注


注1:「齢をとる」という漢字表記は小沢健二『それはちょっと』『春にして君を想う』の歌詞の漢字表現を基にしました。
この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「パラダイス・ガレージディスコラリー・レヴァンを素材として二次利用しています。

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